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某日系企業アジア・パシフィック(在シンガポール)を退職して1週間経ちました

海外ネタ-シンガポール キャリア 海外ネタ

先週の月曜日はシンガポールで最終出社してました。人生2回目の退職しましたエントリです。第1回目の退職はこちら


今回の退職理由は今の仕事の延長上に目指すものがなかったからです。目指してたものは「シンガポールで働いてみたい!」「ITで上流工程に携わりたい」の2つです。幸運にもそれらを満たす会社から内定を頂いて、仕事を始めて、最初はいっぱいいっぱいだったものの続けるうちに余裕が出てきて、ふと気づいたらその次の目標がないことにようやく気づきました。
あれですねこれ。「結婚したい」じゃなくて「結婚がしたかった」のパターン。そりゃ離婚するわ。

システムコンサルタントやってみた

SEからコンサルタントになるのは一見理想的なキャリアパスに見えますが、いざやってみたら「コレジャナイ!」感アリアリでした。
マトリックスだ、MECEだと上から目線でものを考えるけど、上司は色んなものが抜け漏れます(※漏れがあるのは本当はMECEとは言いません)。「出来ないことは他人を使えばいい」と嘯くけれど、そもそも知らなくて出来ないことは気づけないし、忘れるものです。部下が毎回こうですよと指摘してもいつも初めて聞くかのような反応をする。コンサルタントのバリューをつけるのは大事かもしれないけどお客さんが期待してるのは「システム」コンサルタントなんだから必要に応じ目線を上げ下げすればいいのに、下が分からないから下げられない。
上っ面だけ見て要素を取りこぼすのがシステムコンサルタントなら、部品を積み上げて成果物にするプログラマーシステムエンジニアの方がよっぽど格好いいと思いました。
(※補足:ここで言ってる「上・下」はシステム用語の「上流・下流」に相当します。)


おそらく採用自体アンマッチだったんでしょう。面接の時に聞いた話と実際の業務が違っています(求人はシステム開発案件のブリッジSE)。面接官=元々の上司予定者と↑で言ってる人も別人。まーこれは、国内でもありえる転職失敗例なんじゃないですかね(推奨Google検索キーワード:「聞いていた話 違う 転職」)。
自分もそろそろいい年齢なので「上司が尊敬出来ない」なんて理由で辞めてたらやっていけないと思うんですが…。上司はなあ…「IntelligentなきWise」って感じでなあ…意識高い学生が意識高い仕事だけしてきた純粋培養っていうか…


そうして、仕事に慣れてくるにつれて上司への反感が増えてきて、最近はいつも上司に対してレイプ目(奴隷のように無抵抗に従順に)で対応してました。年功序列=年下は従って当然の世界で生きてきた本人が、自分がそこまで嫌われていることに気づいていたかは怪しいです。幸い(でもないのですが)、私はお客さん先に常駐していたので、彼らに対してはスマイルゼロ円で売って上手くやってました。そうこうしてる間に先月末にプロジェクトの節目がありまして、次の節目はまだ先なのでちょっと耐え切れなそう(自分が)、どうせ途中抜けするなら今のタイミングがお客さんにとって迷惑が掛からないと判断し、退職を決断。
バンコクなどの周辺国での転職もほんのり検討はしたのですが、おそらく日本の方が今の自分を高く売れるなと考えました。周辺国は日本ほど年齢を気にしないため後からリベンジも可能です。

日本の転職市場

前のエントリで書いたように次の仕事は決まってないのですが、無策で帰ってきたりはしません。実は今結構日本の求人市場は回復しています。私は前職を辞める前(2009-10)に転職活動していたのですが、その時は有効求人倍率は0.5を下回るくらいだったのに比べ、今は安定して0.8越え。(参考:平成17年から平成25年までの有効求人倍率推移
転職サイトの反応やエージェントの出してくる求人内容も許容範囲。この市況&2社目のネームバリュー&海外経験をアピールしていけば見つからないってことはなさそうと判断。
ま、万が一ニュージーランドワーホリという最終手段を使うにも帰国しといた方が面倒がないので。

シンガポールライフ

シンガポールの感想としては、「良くも悪くもバブル時代の日本」なんだと思いました。
先のエントリで述べたように2年前と比べてレートが約10円違う(S$1=67円→79円)、これはシンガポールドルで給与を受け取っていた私にとってはWelcomeです。あー1社目でこんな上がり幅の昇給したことないわー。
しかしバブル時代って「古い」ですよね今の我々から見て。シンガポールで幅を聞かせている娯楽はクラブです。日本人女性ってだけでクラブで安全にリッチなシンガポーリアンにドンペリを奢ってもらうルートはあるみたいですが、なんか…その感性は前時代的過ぎてちょっと…。
また、人口500万程度の経済圏ではメインカルチャーになれないものが生き残るのは難しいので、選択肢も少ないです。2013年夏のコミケの総動員数59万人らしいですが、これはシンガポールにいる全日本人の20倍以上です。日本で養えるジャンルの人々がシンガポールでは養えない訳です。例えば「私歌手になりたい!」という子が路上ライブから成り上がっていくサクセスストーリーはシンガポールにはありません。歌手になりたければ中国か台湾に行くそうです。
こんなことをマイナスに思うのは「こんなしょぼい機種のカラオケで歌えるかー!」を不満に思うような趣味の私だからであって、他の人にとってはホントどうでもいいことだと思います。合う合わないの世界です。

まとめというか

箇条書きで。

  • 退職時に秘密保持契約にサインしたこととSLAPP訴訟が怖いのでぼやっとした書き方になりました。お蔵入りしたエピソード下書き多数…
  • 結局、はるばる海外に出たにも関わらず自分の幸福を左右するのは半径5メートル(私の場合は隣の席)の人間関係だった。
  • 色々案ずるより産むが易かった。こういう経験をしておくと今後の人生でリスクを過剰に見積もって怯えなくて済むだろうから、若いうちにやっておいた方が視野は広がる。
  • 「日本で派遣社員転々としててもう仕事見つからなくなって出てきた」という人もちらほらいたけど、そういう海外ニートさんみたいな背水の陣で来たら一発当てるまで逆に帰国出来なくなる。いきなり永住する訳でもなんでもないんだから普通に日本での選択肢がある状態でトライしていいのにって思う。
  • 私はシンガポールは合わなかったけどバンコクなら楽しかったと思う、ちゃんとしたカラオケあるし。国によってその人に合う合わないはあるから、色々見てみるのがいいと思う。
  • ローカルスタッフと業務上のやりとりする英語って別にそんなにレベル高くなかった。話し手がポンポン移動する日常会話よりも、話し手=役割が明確なビジネス英語の方が敷居低いと思う。
  • 就活してた頃は、まず残業のない事務職に就いてアフター5に英会話教室行ってそのうちIT会社に転職する、3〜5年ぐらいなシンガポール生活を想定していた。が、気合の入りすぎた履歴書のせいで掲題の会社の内定しか取れなかった(事務職の面接官にITの経歴を見せられても…)。履歴書盛り過ぎ注意。
  • この週末だけでそれなりの数の人と会って楽しかった。金曜日宅飲みで10人、土曜日ボドゲオフで40人、日曜日アニメソングカラオケで15人。オフ充の国、東京。